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【フォーカシングって?】
・「今日は気がのらない」「言葉に胸がつまる」など、感情とも気持ちとも身体状態とも言い難いような『感じ』って、誰の中にもあるかと思います。フォーカシングとは、その『感じ』に誠実な関心と思いやりをもって耳を傾け(まなざしを向け)て、対話していくような方法です。そして、不思議なようですが、ただそうするだけで、内面的な深いところに前向きな変化をもたらすことが多い独特の技法です。カール・ロジャースと同じグループでカウンセリングの研究に従事したユージン・ジェンドリンが開発し完成させました。
【『感じ』とは】
・その『感じ』は、フォーカシング用語ではフェルトセンスと言われます。Feel-Felt-
Feltのフェルト、です。受身型で表現される通り、(多くの場合は)からだを通して伝えられてくる、“感じられてしまう”ものがフェルトセンスです。『胸がしめつけられるような』とか『胃がキリキリするような…』などで表現されるような身体感覚を伴うことが多いようです。
否定的な感じばかりではありません。外食時に「今日はなんとなく、揚げ物が食べたい感じ」などと感じるのもフォーカシングのひとつ。『講演会会場で座る場所を決める時』も、私たちは単に頭で考えるだけでなく、どこなら自分が安心して座れるかを一瞬自分の内面と相談し「うん、ここにしよう」と決定することもあります。また、自販機の前を通りかかりふと烏龍茶があるのを見た瞬間、「烏龍茶、飲みたい〜!」とまさにのどから手が出るように買ってしまった、という経験など…。全てフォーカシングの一部です。
最初に感じられるものが否定的であれ肯定的であれ、フォーカシング過程ではその『感じ』の言い分を十分に聴き(*聴くのと聞き入れるのは別のことです)、懐かしい友のようにつきあってみます。すると自分のまるごと全体が深く納得し安心できるような、前向きで受け入れやすい変化が内面に起こることが多いのが、フォーカシングの特徴です。それはちょうど、「頭では〜〜するべきだとわかってるのに…」というような不安定な気持ちとは対極にある心地良さと言えるかもしれません。
【そういう心理療法みたいなことを素人がするのは危険?】
・フォ−カシングは上述したように、もともと誰もが行っている自然なことであり、より意識して日常的に使いやすくするためにまとめられた技法です。否定的な感じ(嫌な感じ、哀しい感じなど)と出会ってしまったときのさまざまな方法もあります。
心理療法や精神分析などに「無意識の部分に働きかける/封印した過去への直面化」等のイメージをお持ちのかたがいらっしゃるかもしれませんが、フォ−カシングで扱うのは無意識の領域とも異なります。さらに、記憶や過去を掘り起こすわけでもありません。“今現在感じられるもの”に耳を傾ける方法です。また、そもそもフォーカシングでは、フォーカシングする人がしたいことを、したい場所で、したい人と、したいと思えるときにするという前提が大切にされます。
もうひとつ。フォーカシングでは、悩みや気になる問題があるとしても、それについての具体的な説明や語りを必ずしも必要とはしません。たとえば…。ある出来事を思うと『胸がしめつけられるような』フェルトセンスが感じられるかたの場合、その人はフォーカシング中は悩みがどんな事なのかより、『胸がしめつけられるような感じ』と向かい合っていくことになります。出来事や悩みごとにとらわれ続けることが減り、『距離を持てる自分』になっていけるかなと思われます。
【やってみて、何をどんな風に感じたか】
体験した福多個人の実感では…。
フェルトセンスは力を持っています。「意識としての私」より、私について多くを知り、多くを内包しているし、環境や状況を過不足なくキャッチできる「感覚」を持っています。私がフェルトセンスを信頼し、ただメッセージを誠実に優しく聴いていけば、フェルトセンスは力を発揮して、私を、より広く深みのある場所へ連れていってくれる。そうすると自然に、私は自分に何が必要なのか(何をどうすればいいのか、など)がわかる、そんな感じです。その、新しい視野の場で、知的に頭で考えていた頃の私では気付かなかったことに気付いたり、不必要だった重荷をあっけなく手放せたりしました。
例えば…。海外旅行の準備のとき、現地の天気や平均気温などの情報を仕入れて衣類の準備をしますが、「平均気温28度だ」という情報を元にどうするかを考える、それは“頭”のしてくれる判断。でも、現地に着いてみたら「なーんだ、これなら長袖はいらなかったな」と肌で実感する(そのとき私たちはいちいち、温度計で28度かどうかなんて確認しません。もしかしたら24度なのかもしれません)、それは“からだの感じ(フェルトセンス)”がしてくれる判断です。しかも私にとっては最高に的確な判断です。
私には頭もフェルトセンスもどちらも必要ですが、私の日常は頭に偏りがちな気がしています。旅行先の衣類を決定するために、新聞やウェブや観光情報やいろ〜んな情報をたくさん集めて“多くの情報の中から判断をより確実にしよう”と考えたりしてしまう。でも、情報を3つ仕入れても10コ手に入れても私の判断は確実にはなりません。私のからだがどう感じるか(どう準備しておきたいか)が欠けているから。もっと、からだの言い分やからだの感じを尊重して、信頼して、大切につきあっていきたいと、体験後は実感しました。
【ひとりでするものなの?】
・フォーカシングは、ひとりでも行うことが可能な技法として紹介されています。フェルトセンスとどう対話するかの道筋を追えば、ひとりで行うことは可能です。ただ、私の実感では、ガイド(自分のフォーカシングを傍で聞いて「じゃあ、その『何か』に向かって挨拶をしてみることはできそうですか?」と提案するなど、フォーカサーのフェルトセンスとの関わり方について、少し手助けしてくれる人)のもとで一度体験するほうが、フォーカシングにより親しみ持って取組みやすくなるような気がしました。少なくとも、リスナー(フォーカサーに寄り添って、フォーカシング過程を聴き相づちを入れてくれるような人)はいるほうがやりやすそうです。
フォーカシングについてより詳しくは
日本フォ−カシング協会のサイト へ
*唯のフォーカシング体験記は こちら
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